経済・文化の中心地として栄えてきた豊橋
その昔、東海道や豊川(とよがわ)などの交通路が発達し、政治経済の中心地だった豊橋。戦国時代に〈吉田城〉が築城されてからは、武家屋敷と城下町ができあがり、宿場町としても栄えてきた。
そんな豊橋の歴史を感じられる、続日本100名城のひとつ〈吉田城〉を今回は訪れる。JR東海の『名城厳選!城たび〜お城コレクション〜』より、豊橋鉄道東田本線(市内線)でめぐる〈吉田城〉の御城印プランを体験。豊橋鉄道市内線の1DAYフリーきっぷがついた特別プランで、豊橋市内の散策も楽しめる。旅をしながら、豊橋の今と昔を感じてみよう。
※御城印ときっぷの受け取りは事前の予約が必要です。
豊橋鉄道市内線に乗って〈吉田城〉へ
〈吉田城〉のある豊橋公園へは、豊橋鉄道市内線でアクセスできる。豊橋鉄道市内線は1925年に運行を開始し、「市電」の名で市民に親しまれている東海三県唯一の路面電車。JR豊橋駅近くの駅前停留場をスタート地点に、市の中心部を通り、赤岩口停留場・運動公園前停留場までを結ぶ。豊橋市内の観光には欠かせない存在だ。
オリジナル御城印も、「新豊橋駅」の窓口で受け取れる。
さっそく駅前停留場から市電に乗り込み、市役所前停留場を目指そう。
ガタントゴトンと音を響かせて走る路面電車。のんびりと心地よい時間が過ぎていく。
四季折々の自然に触れられる豊橋公園を散策
市役所前停留場から5分ほど歩くと、豊橋公園に着いた。
春になると桜が満開になる。
(提供:豊橋観光コンベンション協会)
(提供:豊橋観光コンベンション協会)
少し歩くと、石垣が見えてきた。ここは南多門だ。本丸の正面にあった門で、この石垣の上には防衛のための千貫櫓(せんがんやぐら)が建てられていたそうだ。
南多門
名だたる武将たちが城主を務めた“出世城”
〈吉田城〉は、1496年に今川氏親の許しを得て、東三河の領主・牧野古白が築城した。当時の名称は今橋城。1522年に地名が今橋から吉田に改められたことをきっかけに、〈吉田城〉と呼ばれるようになったという。
名だたる武将たちにより争いが幾度となく繰り返された歴史がある〈吉田城〉。松平(徳川)家康の家臣である酒井忠次や、豊臣秀吉の重臣・池田輝政をはじめ、譜代大名などが歴代城主となり、幕府の要職に就く者も多かったことから、“出世城”とも呼ばれているのだとか。
豊橋の発展に欠かせない存在であった豊川。
貴重な遺構であふれる豊橋公園内
資料館で得た情報をもとに、また公園内を回ってみるのも楽しい。さまざまな刻印が彫られた石材を石垣のなかから探したり、川からの侵入を防ぐために高く造られた腰曲輪(こしぐるわ)を見に行ったり、立ち寄るべきところはまだたくさんあるようだ。
鉄櫓の土台となる石垣のうち、北面と西面の部分は城内最古の遺構だそうで、情報を知ってから見るとまた感慨深い。今回、〈吉田城〉の御城印プランをきっかけに、豊橋の歴史や街の魅力に触れることができた。オリジナルの御城印も記念になったし、実際に訪れて体験することで旅の記憶が色濃くなったように思う。〈吉田城〉はぜひおすすめしたい旅のスポットになった。
Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagaki
いつもと違う愛知県観光には、豊橋市の〈吉田城〉がおすすめ。
吉田城
| 所在地 | 愛知県豊橋市今橋町3番地(豊橋公園内) |
| アクセス | JR「豊橋駅」から豊鉄鉄道市内線で約10分、「市役所前」停留場下車後、徒歩約5分 |
| URL | https://www.city.toyohashi.lg.jp/48101.htm |
| 営業時間 | 10:00〜15:00 |
| 入館料 | 無料 |
| 休館日 | 月曜、年末年始 ※月曜日が祝日の場合は開館します。 |
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