旅に出る前に知りたい風土〜土を知る旅〜 


同じ場所でも、何も知らずに訪れるのと、事前に知識をつけてから向かうのとでは、まったく印象が変わることがある。「知っておく」ことは、初めて見るはずの景色を立体的にするからだ。事前知識があることで風景が輝き、その土地を歩くことの感慨が増す。そんな、一歩踏み込んだ、味わい深い旅。


陶作家・安藤雅信さんを通して知る、美濃


多治見市と、その焼き物文化

日本最大の陶磁器産地、岐阜県東濃(とうのう)地域。東濃とは、岐阜県の旧国名である美濃国(濃州)の東側に位置する地域の呼称だ。ここでつくられる焼き物を「美濃焼」と呼ぶが、他の地域の焼き物に比べるとその定義はおおらかだ。例えば、有田焼であれば、佐賀県有田町とその周辺地域で作られる磁器であり、白く透き通るような磁肌に、藍色の繊細な染付と、赤や黄、緑で華やかな色絵を施したものを指す。しかし、美濃焼には特定の技法や原材料、デザインはない。限定しているのは地域だけなのだ。

この地域の焼き物の歴史は、1300年以上にわたる。16世紀後半には志野、織部、黄瀬戸、瀬戸黒といった焼き物文化がこの土地で花開き、千利休以後の茶の湯文化を支えてきた。現在では、家庭用食器や業務用食器など、日本の食卓で使われる器の多くがつくられている。美濃焼の定義がおおらかであるからこそ、この地域では多様な焼き物が作られるようになったのだ。
そんな東濃地域では多くの陶芸家が活動し、その中心人物として知られるのが、安藤雅信さんだ。美濃という土地を知ることは、安藤さんの器の背景を知ることでもある。

 

焼き物の作家から見た、多治見


安藤さんは、多治見という街をこう説明する。

「焼き物の産地として知られる東濃地域には、窯元や工場が数多く存在しています。しかし焼き物が生まれる背景には、器そのものだけでなく、原料となる土や、それを扱う産業の仕組みがある。多治見は、そうした窯業の基盤が整った街として、多くの作家や職人が活動する場所でもあるのです」
この地域の歴史と文化を支えているのが、焼き物の原料となる粘土資源だ。安藤さんが東濃地域に点在する採土場を安藤さんが初めて意識したのは、学生時代だった。

「美術の先生が地域の採土場の風景を絵に描いていたのですが、まるで抽象画のように美しく描いていたのです。当時、山を削って粘土を採る採土場は環境破壊の象徴のように見られていたので、先生が描いた絵の印象はギャップが強かった。だからこそ、強く印象に残ったのです」
それから長い時間が経ち、いくつかの経験が安藤さんのなかで結びつき、美濃の採土場を見直すようになった。一つは、2000年にオープンしたイギリスの現代美術館「テート・モダン」のコンセプトを知ったこと。廃墟となった旧火力発電所を美術館として再利用し、かつ、価値を再構築して世界的に評価されたことは、現代美術家である安藤さんにとっても印象的なことだった。

その一方で、安藤さんは地域の文化活動に関わるようになった。例えば、2008年と2024年には「やきもののまち 多治見・土岐・瑞浪を舞台にしたアートプロジェクト」というテーマを掲げ、山から掘り起こされた粘土を精製し、成形・施釉・焼成する焼物産業の分業制各種の場を使用し、現代美術作品や陶芸作品、古道具を展示する「土から生える」展を開催している。いくつかの点がふと結びついたとき、安藤さんは美濃という土地の価値について考えるようになっていた。
安藤さんは時々、車を走らせて陶土を採掘する下石(おろし)鉱山を訪ねることがある。この鉱山に堆積している土は、およそ一千五百万年前のものと推測されている。日々、焼き物という土を原材料とする制作物と対峙している安藤さんの目には、この鉱山がどんなふうに見えているのだろうか。

「採土場に行くと、地層が見えるんです。長い時間をかけて積み重なった層が、そのまま断面になっている。同じ場所でも、層によって土の質が違うんです」
時に地層を眺め、東濃地域の土質と向き合いながら、現代の器を追求し続ける。そうした安藤さんの言葉の端々には、この地域に根付く美濃焼の文化への畏敬の念が込められている。時に、美濃焼は「特徴がないのが特徴」と言われることがあるが、安藤さんはこう解釈しているのだ。

「ここは排除しない土地なんです。例えば、地域によっては、焼き締めじゃないものを作ると“それは、この土地の焼き物じゃない”と言われることがある。でもこの地域では、そういうことは言われません。ブランド力がないからこそ、逆にたくましい。タイルも作るし、土鍋も作るし、工場製食器も作る。採れる土の特徴を活かし、いろんなものを作り分けて生き延びてきた土地なんです」
特定の様式や技法に縛られない。この産地のそんな特徴について考えていくと、やがて、こんなことに思い至る。多治見で生まれ育ったからこそ、安藤さんの作風が形成されたのではないだろうか、ということだ。

焼き物を、特別なものから日常の食卓へ


最近では作家ものの器に興味を持つ人の層が広がり、日常の食卓で焼き物が使われることも増えてきた。こうした流れの中で、安藤さんは焼き物を日常の食卓で使う器として提案してきた作家の一人として知られている。
安藤さんは武蔵野美術大学彫刻学科卒業後、現代美術作家として活動した後、茶道への関心を深める中で1994年から日常食器の制作を始めた。その理由は、バブル経済で食生活が変化したのにそれに合う器がなく、自分たちの生活に必要になったから。ハレの日に使う、美しい造形・絵柄の焼き物も魅力的だが、気負わずにガシガシ使える日常の焼き物もあればいいのに。そんな思いが、安藤さんの器制作の原点だった。

思いがけずその作風は、時代の流れにのった。こうした動きは、2000年代以降に「生活工芸」と呼ばれる流れとも重なり、作家の器を日常生活の道具として取り入れる文化を大きく広げることになったのだ。現在では安藤さんは、日本の器文化の変化の中で、焼き物を特別な工芸品ではなく、日用品として提案する作家の草分け的存在の1人に数えられている。「柳宗悦の言葉に“作物の後半生”というものがあります。作ったところで物の前半生は終わる。そのあと使い手のところへ行って、使い手が育てていく。それが後半生です。日本人は器を買うときに、“これをどう育てていこうかな”と想像しているんだと思っています」

白釉を中心としたシンプルな造形の安藤さんの器は、和洋問わずあらゆる料理を受け止める懐の深さがある。一器多用でパスタ皿にもなれば、プリンやケーキなどデザートもよく似合い、はたまた酢豚や海老チリなど中華料理でも使いたくなる。煮魚も良さそうだ。

そんなふうに、焼き物を使う場面を広げてきた一方で、安藤さんは1998年に妻の明子さんと共に古民家を移築した「ギャルリ百草」をオープンし、日本人にとっての美術を問う企画展と生活工芸品を展示・紹介するようになった。多治見市の焼き物文化を支える若い世代からは、安藤さんはこの地域を牽引する存在として慕われている。
近年、安藤さんが探求しているのが日本・台湾・中国が刺激し合って革新している中国茶だ。中国茶の世界では、茶葉だけでなく、それを淹れる器や道具、茶を飲む空間まで含めて文化として広がりつつある。茶を飲むという行為は、単に味を楽しむだけではなく、その周囲にある環境や道具とともに成り立つ。安藤さんは「器も同じように、料理や食卓、空間と結びつくことで意味を持つ」と話す。器は単体で完結するものではなく、使われる場面の中で役割を持つものだという。そして、中国茶を淹れる机の上に何気なく飾られているのが、安藤さんが下石鉱山から持ち帰ってきた木が石になった珪化木だ。小さな石の一つひとつにも細かな層が刻まれ、さらには色も手触りも違っている。この土地の土の豊かさが、石の中に凝縮されているのだ。安藤さんはそれを、常に感じ取っているのである。
安藤さんの作品を紐解くことで多治見という地域の魅力が見え、その反対に、多治見の魅力を知ることで安藤さんの作品の深みが増すように感じられるのだ。
(土を知る旅・後編へ続きます)

土を知る旅・フォトギャラリー

美濃地方をさらに味わう旅



Text:Ayano Yoshida
Photo:Yuki Arimitsu



いつもと違う岐阜県観光には、美濃地方の「土を知る旅」がおすすめ。
 

ギャルリ百草


所在地岐阜県多治見市東栄町2丁目8-16
アクセスJR多治見駅北口から車で約10分
多治見ICから車で約10分
電話番号0572-21-3368
URLhttps://www.momogusa.jp
Instagram@momogusa
営業時間11:00〜18:00
休業日火曜、水曜
※展示期間によって異なるため事前にご確認ください


 
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