やきものの産地・瀬戸にしかない風景


日本で陶磁器そのものを指す言葉「せともの」。
その語源となった愛知県瀬戸市には、登り窯の焼成で使われた窯道具を再利用してつくられた“窯垣”が続く〈窯垣の小径(かまがきのこみち)〉があります。周辺には窯元や陶芸家の工房が点在していて、「ここはどこへつながっているんだろう?」と気になる小径もたくさん。のんびりとした空気に身を任せ、寄り道をしながらお散歩してみました。
〈窯垣の小径〉は、名鉄瀬戸線の尾張瀬戸駅から1.5kmほど。窯元や陶芸家が集まる洞(ほら)地区にあります。洞はふたつの山が迫った谷間の町であったことから、登り窯を築くのに最適で、明治11(1878)年には、なんと約150基もあったとか!

その登り窯の焼成時に使われていた窯道具というのが、柱(ツク)、棚板(タナイタ)、茶碗などを重ね、保護するカバー(エンゴロ)と呼ばれるもの。焼成の度に何度も何度も使われ、次第に割れ目が入ったり、ゆがんだりすると、役目を終えます。やきものは、一度焼かれれば土に還ることはないので、産業廃棄物になってしまいます。そこで、当時の職人たちが知恵を絞り、いつしか生まれたのがこの窯垣だということです。
〈窯垣の小径〉は、かつてのやきもの関係者が行き交ったメインストリートだそう。荷車の大八車や天秤棒を担いだ担ぎ手さんが、ギリギリ通れるような道幅になっていき、なんだか時が止まったかのような景色です。

しばらく歩いていると、〈窯垣の小径資料館〉を見つけたので、おじゃましてみました。
窯垣の小径資料館
窯垣の小径資料館
こちらは、明治初期に建てられた窯やきさん(窯元)の家を改修して、1995年に誕生した洞地区のやきものの歴史文化を伝える資料館。
入り口すぐには“窯垣”の窯道具が置かれ「こう使われていたのか!」と納得
入り口すぐには“窯垣”の窯道具が置かれ「こう使われていたのか!」と納得
洞地区で江戸時代中期に生まれ、今も生産が続くヒット商品の「馬の目皿」や分厚くて丈夫な「石皿」などの骨董品が展示されています。

その隣には、日本の量産タイルの先駆けといわれる「本業タイル」も並んでいました。明治維新によって洋館が増えた頃、瀬戸ではタイルが大量に作られました。明治時代から大正時代にかけて瀬戸でたくさん作られてたという「染付便器」は粋な人々からもてはやされたといいます。
実際に使用されていたというお風呂。なんて贅沢な造り!
実際に使用されていたというお風呂。なんて贅沢な造り!
敷地内の離れは、休憩所となっていて、洞地区が紹介された映像を見ることができました。そのなかで、今も続く窯元〈瀬戸本業窯〉の六代・水野半次郎さん(故人)が登場し、窯についてとても興味深いお話をしています。当時〈瀬戸本業窯〉で使っていた登り窯は間口が10m、奥行きが20m程度で、10連房以上の巨大な登り窯。ひと度、窯を焚くとなると、半月以上を費やし、薪は1万束以上も使ったといいます。

あまりにも膨大な量で、明治時代には瀬戸の山から木が消え、「日本三大はげ山」の一つに数えられるほどだったそうです。一体どれだけやきものを焼いたら、これだけの窯垣ができるのか?と考えると、想像を絶しますね。
膨大な数のやきものを製造するなかで生まれた窯垣。
1958年、民藝運動の主唱者・柳宗悦から〈瀬戸本業窯〉の六代・半次郎に、瀬戸の窯道具に深く感銘を受けた旨が電話で伝えらます。同じ年には、雑誌『民藝』でも大々的に〈瀬戸の窯垣〉が紹介され、住民にとっては当たり前の風景が文化的な意味合いを持つ、という認識が生まれたのだそうです。
魅惑の脇道があちこちに
魅惑の脇道があちこちに
ただ、高度成長期からバブル期になるころ、窯垣は次第に壊されていき、そのことに危機感を持った〈瀬戸本業窯〉の七代当主が洞町の住民に声をかけ、窯垣をはじめとする歴史・文化資源の保存・活用を目的に「洞町文化会」が発足。1991年の発足以降、行政にも加わってもらいながら現在に至るまで、この景観を守り続けているそうです。
つい登りたくなるようなふしぎな建物の足元には窯垣が
つい登りたくなるようなふしぎな建物の足元には窯垣が
一番の観光名所として知られるスポットがこちらの窯垣。すばらしい幾何学模様!
一番の観光名所として知られるスポットがこちらの窯垣。すばらしい幾何学模様!
こうした窯垣は、当時の職人さんが作っていたそうで、窯垣ごとに組み方はかなり違っています。どんな職人さんに作られたんだろう?と想像するだけで、わくわくします。
さらに歩いていくと、草で窯垣が埋もれた小径が続きますが、「白龍さん(白龍大神)」と「天神さん(天神様)」が祀られているところで〈窯垣の小径〉はひと区切り。そこから250mほど進むと、250年以上も続く窯元〈瀬戸本業窯〉へと辿り着きました。
瀬戸本業窯
瀬戸本業窯
〈瀬戸本業窯〉は工房だけではなく、八代後継が六代・半次郎の悲願であった民藝館を開きたいという想いを形にし、2022年に〈瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム[瀬戸民藝館]〉をオープンしています。
館内の「工藝ギャラリー」では、資料館で見た器やタイルが販売され、歴史の延長線上に今があるということをたっぷりと感じられます。ミュージアムでは、やきものがどのように作られているのかをじっくりと知ることができました。
大切に保存された、1979年まで使われていたという瀬戸市指定文化財の登り窯
大切に保存された、1979年まで使われていたという瀬戸市指定文化財の登り窯
窯横には、カフェ「薬膳茶SoybeanFlour(ソイビーンフラワー) 」があったので、ひと息つくことに。瀬戸本業窯のティーカップで、店主オリジナルブレンドの薬膳茶をいただきます。
あちこち歩いて、心地よく疲れた身体に沁みる〜。
歴史の旅へ出たような小径でした。寄り道スポットはまだまだありそうです。窯垣の小径資料館には、地図も用意されていましたので、ぜひ歩いてみてくださいね。


Text & Photo:Miku Minami
 

いつもと違う愛知県観光には、愛知県瀬戸市の〈窯垣の小径〉がおすすめ。


窯垣の小径


     
所在地愛知県瀬戸市仲洞町(Google Map
アクセス名鉄「尾張瀬戸駅」から徒歩約20分
または名鉄バス「陶祖公園」から徒歩約5分。

 

窯垣の小径資料館


     
所在地愛知県瀬戸市仲洞町39(Google Map
アクセス名鉄「尾張瀬戸駅」から徒歩約20分
または名鉄バス「陶祖公園」から徒歩約3分。
電話番号0561-85-2730(瀬戸市まるっとミュージアム・観光協会)
営業時間11:00〜15:00
休業日月曜〜水曜(ただし祝休日は開館)、年末年始

 

瀬戸本業窯


         
所在地愛知県瀬戸市東町1-6(Google Map
アクセス名鉄「尾張瀬戸駅」から徒歩約25分。
電話番号0561-84-7123
URLhttps://www.seto-hongyo.jp/
営業時間10:00〜16:30
休業日月曜〜水曜(ただし祝休日は営業)、年末年始
入館料※瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム/瀬戸民藝館は有料です
一般 600円、高校生以下 300円

 
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