“ひとときの閑居”とでもいうべき心休まる禅刹


桜の季節が過ぎ、まぶしいばかりの緑に包まれる頃。実は嵐山や清水寺周辺など、京都観光の“王道”から少し離れると、静けささえ感じられるのは意外に思われるかもしれない。古都ならではの落ち着いた風情や情緒を楽しむのにおすすめの季節だ。

今回は、紅葉の名所が並び、秋には大勢の観光客で賑わう一乗寺エリアの詩仙堂を訪ねることにした。
京都駅から一乗寺エリアまでは、直通の市バスを利用すれば、通常50分ほどの所要時間。やや長距離となり「渋滞」も懸念されるため、地下鉄と市バスを併用して向かうことにした。混雑する市街地エリアは、電車で駆け抜けると快適だ。

地下鉄烏丸線で「北大路駅」まで向かい、市バス「北8系統」に乗換えて、「一乗寺下り松町」バス停で下車すれば詩仙堂は近い。ここまで要した時間は50分弱。郊外であったためか、バス乗車中は渋滞に巻き込まれることもなかった。バス停から緩やかな坂を東へ歩くこと約7分。苔むした素朴な佇まいの山門が姿を現した。門をくぐれば、竹林や常緑樹に包まれた石段とその先にのびる石畳。そして凝った意匠の丸窓など。非日常の風景の連続に自然と歩みはゆっくりとなり、バス停からの道のりで少し乱れた息遣いも落ち着きを戻していた。
詩仙堂山門
詩仙堂山門
玄関で靴を脱ぎ、拝観受付を済ませた。そこから中へ進めば、お庭が目の前に広がる書院へと無意識に誘われる。丸みのあるサツキの刈込みは優しい印象を描き、穏やかな雰囲気で出迎えてくれた。一面が緑の時季であったためか目移りするものがなく、畳に腰掛けると、どこを眺めるともなく、ただぼんやりとした時間が過ぎていく。時折お庭から聞こえてくる、「カコン」という鹿威し(ししおどし)の乾いた音にも心地良さを覚える。

一見するとお庭は、ここから目の届く範囲だけに思われるが、実はこの刈込みの向こう側は崖状になっている。その先には回遊式の庭園が段状に展開。高低差のある境内となっているのだが、その独特な構造はこのお寺の“正式名称”にも関係しているという。詩仙堂の歴史を簡単にひも解いてみると、創建は寛永18年(1641)のこと。関ヶ原の合戦や大坂夏の陣で徳川軍の武将として戦った石川丈山が、隠居するための山荘として建てたことに始まる。

丈山は晩年の30年ほどをこの地で過ごし、漢詩や書、作庭などに励んで、悠々自適の日々を送ったという。そして丈山の死後から300年ほどが経った昭和41年(1966)、曹洞宗の寺院となり、その際に「丈山寺」と名付けられた。

書院の隣には、狩野探幽によって描かれた「中国三十六詩仙像(複製)」を掲げる「詩仙の間」という一室がある。漢・晋・唐・宗時代の詩人の肖像画にはそれぞれ漢詩も添えられており、その字は丈山本人のものであるという。現在広く親しまれる「詩仙堂」の名は、この部屋に由来した“通称”である。
曹洞宗寺院としては60年ほどであるが、寺としての歴史は310年ほどを数える
曹洞宗寺院としては60年ほどであるが、寺としての歴史は310年ほどを数える
丈山によって造られた山荘は「凹凸窠(おうとつか)」と名付けられ、これが正式名称とされる。聞きなれない言葉であるが、すなわち「起伏のある土地に建てられた住居」を意味するそうだ。その所以を感じられるのが境内に広がるお庭だ。

庭は南側に向かって段状に低くなり、おおよそ3段で構成されている。1段目は書院の前に広がるサツキと白砂から構成される部分。作庭も得意とした丈山自身によるものとされ、「唐様庭園(からようていえん)」と呼ばれている。
2段目以降は、室内から観賞できないため、回遊して確かめることに。お庭に出て、書院を横目にしながら石段を下る。下った場所から振り返ると、目の前にそびえるのはサツキの刈込み。勘の良い人ならお気付きかもしれないが、先ほど書院から眺めたサツキの刈込みの「向こう側」である。これだけで既に、随分な高低差になっていることが分かる。
そしてここに立てば、時折、静寂を切り裂くように「カコン」という音を響かせていた鹿威しの姿が目に入る。鹿威しは「添水・僧都(そうず)」とも呼ばれるが、丈山によって考案されたとされ、詩仙堂はその「発祥の地」ともいわれているそうだ。

その主な用途は、鹿や猪を音で追い払うというもの。とはいえ、風流人であった丈山のこと、風情を創り出すための装置という役割も兼ねていたにちがいない。
やや大ぶりの鹿威し
やや大ぶりの鹿威し
2段目となる部分は奥行きもあり、空も広く開放的だ。このエリアでは、藤や石楠花(しゃくなげ)、躑躅(つつじ)、紫陽花など広く知られるものに加え、都忘れ、紫苑(しおん)、蛍袋など、他ではあまりお目にかかることの無い、慎ましくも心和ませてくれる草花が出迎えてくれる。詩仙堂では、一年を通しておよそ80種の花々が、境内に彩りを添えているそうだ。
お庭を更に奥へ進むと、最も低い3段目の部分へと行きつく。この辺りは青もみじや竹、そして苔など、美しい緑に溢れるエリアだ。

青々とした苔に目をやると、可愛らしいお地蔵様たちの姿。近年、詩仙堂の新たな人気者となり、フォトスポットとしても人気があるという。ここまで来ると、お庭めぐりは終了。季節によっては別の出口が設けられるが、おおよそ秋を除いては、進んできた道を戻ることとなる。同じ場所であっても、見る方向が変わればまた印象も変わるのが面白く、最後の最後まで、存分にお庭を楽しんだ。
今回、初夏の詩仙堂をじっくりと訪ねてみたが、住宅街と隣り合わせの立地であることをすっかり忘れ、心身ともに穏やかなひと時を過ごすことができた。まさに“市中に佇む閑居”といったところで、日常の傍に非日常がさりげなく同居している京都。この街は、まだまだ奥が深そうだ。

詩仙堂と合わせて巡りたい、周辺の“みどりスポット”をご紹介

圓光寺


圓光寺は、詩仙堂から歩いて3分ほどに佇む臨済宗南禅寺派の禅寺。紅葉の美しさで絶大な人気を誇るが、初夏から夏場にかけては比較的静かに緑の苑を楽しめる。

まずは身体を休めつつ、書院に座して一幅の絵画のように眺めてほしい。美しさに浸れるだけでなく、頬を撫でる風や、葉が揺れる様子に涼を感じられるに違いない。

ひと息ついたらお庭に出て、緑の息吹を身体で受け止めるように感じたい。カエデや苔が織りなす一面の緑に心和むだけでなく、「応挙竹林」が奏でる葉擦れの音も、情緒があって心地良い。
十牛之庭
十牛之庭

狸谷山不動院


詩仙堂からやや急勾配の坂を東へ10分ほど。俗世と神聖な山とを隔つかのような鳥居が見えたら、その先に250程の石段が続く。狸谷山不動院は、厳しい山々で心身を修練する修験道の寺院。清浄な空気や自然の匂いを感じながら、自分のペースで一歩一歩進みたい。

石段を登りきると、かの「清水の舞台」を彷彿とさせる懸崖造り(けんがいづくり)の本堂が現れる。ここまで来ると市街地の喧騒は遠い。

京都に癒しを求めることは多いだろうが、あえて心身を鍛錬する旅も良いかもしれない。苦労を経た先で出合う自然の輝きは、一層の感動を与えてくれる。
山の斜面を利用し建てられた懸崖造りの本堂。中には洞窟があり、不動明王が祀られている。
山の斜面を利用し建てられた懸崖造りの本堂。中には洞窟があり、不動明王が祀られている。

金福寺


詩仙堂から南へ7、8分歩くと、臨済宗南禅寺派の金福寺にたどり着く。松尾芭蕉が京都に来た際、当寺の鉄舟和尚を訪ね親交を深めたという。2人が語らったと伝わる茅葺の「芭蕉庵」は、江戸時代中期の俳人で文人画家でもある与謝蕪村によって再興。小川治兵衛作庭という枯山水と、傾斜一面に配されたサツキを見下ろすように佇んでいる。

優れた名句を残した芭蕉。その芭蕉を敬い、自らも句に絵画に非凡な才能を発揮した蕪村。2人の大家にゆかり深いこのお寺では、心の赴くまま詩情ゆたかな緑の光景を楽しみたい。

曼殊院


「門跡(もんぜき)寺院」とは、皇族や公家が出家をして住職を務めたお寺のこと。京都には数多く存在するが、天台宗五箇室門跡のひとつとして高い寺格を誇るのが曼殊院。詩仙堂や圓光寺からは少し離れ、歩いて訪ねること25分ほどだ。

「小さな桂離宮」とも称され、その格調高さは、部屋を飾る彫刻や調度品、はたまた“ちょっとした”細部の意匠などからも伺うことができる。

大書院と小書院の前に広がる枯山水庭園も、程よい植栽から奥ゆかしさを感じられるが、この庭は宮廷文化の粋が詰め込まれた建築や装飾とともに眺めたい。高雅な風情を味わえるはずだ。
建築の細部まで“抜け目なさ”を感じさせる
建築の細部まで“抜け目なさ”を感じさせる

詩仙堂


所在地京都市左京区一乗寺門口町27(Google Map
アクセス市バス「一乗寺下り松町」バス停から徒歩約7分
電話番号075-781-2954
URLhttps://kyoto-shisendo.net/
拝観時間9:00〜17:00(最終受付16:45)
拝観休止日5月23日
拝観料700円


圓光寺


所在地京都市左京区一乗寺小谷町13(Google Map
アクセス市バス「一乗寺下り松町」バス停から徒歩約7分
電話番号075-781-8025
URLhttps://www.enkouji.jp/
拝観時間9:00〜17:00
拝観料800円


金福寺


所在地京都市左京区一乗寺才形町20(Google Map
アクセス市バス「一条下り松町」バス停から徒歩約7分
電話番号075-791-1666
URL@konnpuku
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:30)
拝観休止日水曜日・木曜日、8月5日〜31日、12月30日~31日、1月16日〜2月末日
※4月28日〜5月6日、11月1日〜12月10日は無休
拝観料500円


狸谷山不動院


所在地京都市左京区一乗寺松原町6(Google Map
アクセス市バス「一乗寺下り松町」バス停から徒歩約20分
電話番号075-722-0025
URLhttps://www.tanukidani.com/
拝観時間10:00〜15:00
拝観料境内無料、入山料500円


曼殊院


所在地京都市左京区一乗寺竹ノ内町42(Google Map
アクセス市バス「一乗寺清水町」バス停から徒歩約20分
電話番号075-781-5010
URLhttps://www.manshuinmonzeki.jp/
拝観時間9:00〜17:00(受付終了16:30)
拝観料800円



Text & Photo:Kazuaki Toda


 

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