⽼舗出版社の倉庫に映す⼯芸の精神。「soko gallery」を訪ねる旅。

創業130年を数える老舗出版社、新潮社は、神楽坂上のエリアにある。食と文化の交差する街として長く多くの大人たちを惹きつけてきた神楽坂から少し足を伸ばし、2025年の国登録有形文化財となった新潮社倉庫に、美術・⼯芸を⾒つめてきた編集室『⼯芸⻘花』の編む場を訪ねる。

美しさへの眼差しが⾏き交う、空間の対話。


新潮社の出版倉庫として歴史を刻んだビルを改装して⽣まれた「新潮社 soko」。⾃社ビルとして昭和34年に建設され築67年となるビルは、かつて⼤量な出版流通の要として頑強な梁を備えた実⽤建築でありながら、外観に⽤いられたタイルの繊細な⾊彩、アールをつけた⾓、内側のむき出しの梁の⾓を落とした⾯取りなどが、随所に知的な美しさを感じさせる。
美術と⼯芸を扱うギャラリー棟の⼊り⼝に、造形作家・望⽉通陽さんの型染めによる「倉庫」旗が⽬を引く。
美術と⼯芸を扱うギャラリー棟の⼊り⼝に、造形作家・望⽉通陽さんの型染めによる「倉庫」旗が⽬を引く。
そこが今、ギャラリー棟「新潮社 soko」となって開放されているという。建築家の中村好⽂さん改装のもと、1階エントランスに美術と⼯芸を扱う『⼯芸⻘花』編集室を据え、2024年秋に、まずは3階にギャラリーをオープンした。

『⼯芸⻘花』は12年前に始まり、現在は年に2回、美しい本に仕上げて発⾏している。編集室は「⻘花の会」として、出版だけでなく展⽰や講話、フェアなどを企画する活動体でもある。soko3階のギャラリーは、その『⼯芸⻘花』を体現する場所。
階段を上る。2階を通り過ぎて、まず3階へと出ると、重厚な梁が⾛る無⾻な⼤広間の先に、佇まいから気配を放つ「坂⽥室」の扉。

「坂⽥室」は、故・坂⽥和實さんの眼差しを展⽰公開する場。⾻董商の坂⽥さんは、『芸術新潮』で連載を重ね、『ひとりよがりのものさし』をはじめとする著書を出版してきた。彼が営んでいた「古道具坂⽥」「museum as it is」で知られるその⾒⽴て、コレクションを通して、「なんでもないものこそ美しい」とする眼差しを体感するための場として、この「坂⽥室」は始まったという。
「坂⽥室」の侘びた引き⼾は、かつて⽬⽩にあった「古道具坂⽥」の⼊り⼝の扉。傍らにはそっと、坂⽥さんが使っていたという⾃転⾞がある。当時を知る⼈ならばすぐにわかる懐かしさ、知らない⼈にとっては、経年の美しいグレーを知るきっかけになるかもしれない。

それに階段の⼿すりは、「museum as it is」で使われたのと同じ八⾓形のかたちで、中村好⽂さんがしつらえたのだという。「同じ手すりは作らない」という中村さんには珍しい、粋な計らい。
 

「museuem as it is」で⻑く使われていた棚。漢字が書かれた紙貼りが露わになってなお⽬を惹く
この倉庫は、30年以上、「ただの物置」として休眠していたという。そこに、⻑く会社と縁のあった坂⽥和實さんのコレクションを⼀時保管するという計画が、この場所を再⽣してギャラリーとして開放する、という最初のアイデアにつながった。
「坂⽥室」は春、夏、冬と年に3回展⽰替えをする。夏の展⽰は11月上旬までと⻑いスパンで、展⽰物が待っている。今(取材当時)は、「⾒るための布」を展⽰。国も、時代も、さまざまに、坂⽥さんが選び、⼿元に残してきた布は、坂⽥さんの⽬を通して眺めることで、美しさへのひとつのフィルターを知ることができる。⼤広間を挟み、「坂⽥室」の反対側には、「⻘花室」がある。古今の⼯芸や美術を実際に⼿に取り、知る場となる。2026年9⽉には、複数の古美術商が集う「⾻董・新星2026」の3⽇間、その後9月23日からは、フランスの画家、ロベール・クートラスについて作家の堀江敏幸が綴る随想録発売に伴う展⽰も予定されているという。階段を降りて、2階の⼊り⼝に⽴つと、再び、広々とした空間を取り囲むように7つの扉があって、扉の奥に、それぞれの世界が現れる。2階フロアは、今年3⽉にオープンしたばかり。
7つの「ギャラリー」と呼ばれるのは、どれも『⼯芸⻘花』と縁のある店主たちによる、濃い魅⼒を備えた店。⼀⼈ひとりに声をかけて招き⼊れたという『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さんによれば、「真似じゃないことをやっている⼈たち」。いずれもこの場を盛り上げるために来てくれた「協⼒者たち」だと、菅野さんは⾔う。集うからには、当たり前のことにはならない。
 

「Artisan Tokyo」は、シェーカー家具の真髄を伝え、輸⼊する。中村好⽂さんがオリジナルと⼨分違わずつくりつけの棚をしつらえた空間で、貴重なアンティークから現⾏コレクションまで体感できる。
パリにしかなかった⾻董商「1⽉と7⽉」や、北京の茶芸「莨室 LiangShi」の⽇本初出店。⾻董「志村道具店」と「花元」が合同で出す「神楽坂商店」など、「ここだけの始まり」が連なる。オオヤ珈琲焙煎所のコーヒーも、東京で初めて、新店舗「Café Craftern」で味わえることに。
 

「1⽉と7⽉」店主の多治⾒武昭さんは、「フランス⾻董の王道」を扱う店、と⾔う。誰がどう使っていたのかとすぐにはわからないユーモラスなものも、現代アーティストの絵画も、美術館級の⾻董も、同等に並ぶ宝探しの⾯⽩さ。菅野さんはそれを「実際にフランスの蚤の市を歩いているような感じがあっていい」と⾔う。
例えば、パリで「1⽉と7⽉」を営む多治⾒武昭さんは、初めて⽇本にもお店を出した。「この建物が何より良くて」。店内は窓からの光を受けながら、奥はほのぐらい。その落差がかえって味わい深い。コンクリートづくりの店内に合わせて、カウンターもコンクリートであつらえた。
「僕が選ぶものは、ぎっしりと柄でうめられたお⽫とか、18世紀のこってりした油絵とか、アンティークのジュエリーとか、フランスアンティークの王道だと思います。フランス⼈の本気が詰まっているから楽しそうで、そういう中から選ぶ。でも、わかる⼈だけに分かればいい、というのとも違う。⽇本では柄のないお皿など、日本の暮らしに比較的取り入れやすい軽やかなものが人気ですが、ここに来て、少しでも違うものをいいと思えたらいいじゃないですか」⽩いお⽫の隣に、彫像とミニチュアのドア。納屋の古いドアをテーブルの天板にして、ワイングラスを並べて。接点を持って、違うものと出会う喜び。

菅野さんも⾔う。「関⼼を広げてくださる⽅たちがいるといいなと思って。実際、始まってみると、それぞれのお店のお客さんの層はまちまちでも、ここに来るとひと通り回るじゃないですか。そうして混ざっていく感じが、雑誌っぽくていいなと思う」

扉向こうのさまざまな個性を緩やかにつなぐように、真ん中の広間がある。
「ここは、主役の⼀つはそれぞれの品物で、もう⼀つの主役は建物だと思うんです」と菅野さんは⾔う。
「この空間を味わってもらうことも⼤事なので。もともと倉庫だから重い書籍在庫を⽀えるために梁が異様に多くて、天井が低い。それがある種の親密感になって、広すぎない感じがいい」
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
菅野さんは『芸術新潮』の編集者だった頃、坂⽥和實さんの連載を担当していた。「あるとき坂⽥さんが、この倉庫を外から⾒上げて、いやあかっこいいね、と⾔った朝があった」と回想する。記憶の重なりが、この場を強く開いていく。

これからやりたいことは、の質問に、菅野さんは「とにかく継続すること」と話す。「展覧会も編集のテーマもたくさんあって、なくなることはない。だけど⼤事だと思うのは、質とかテイスト、そうしたものを守るというか、変わりつつ、変わらずにいること。この場で実際の空間をつくることは、本の編集とやることは近いけれど、やはり違う。当時、本当に⼀⽣懸命つくられた建物なので、この魅⼒が、訪れた⼈にちゃんと伝わるように、⼼がけたい。古道具坂⽥も、例えばストレスを抱えて⾏った日も、出てくる時にはなぜかスッキリしていた。きっと、何かを⼼がけてやっていたからあの空間にそれが現れて、それを訪れた⼈が感じ取って。そんなふうになるには、どうすればいいのかな、と思いながらやっています」

1階エントランスにあるワイン圧搾機(プレス機)の⽊部アンティークは、『芸術新潮』で連載していた彫刻家 豊福知徳さんのコレクションだったもの。出版物を「プレス」と呼ぶ源は、最初の活版印刷機のヒントとなったワイン圧搾機だったとか。
帰りながら、改めて建物を⾒ていく。倉庫建築の無⾻さを残しながらも、⽩壁づかいや扉の⾦具、階段の⼿すりなどの細部に、親密でやわらかな印象が添えられた内装。
ビルを後にして振り返ると、改めてタイルの美しさに気づく。微細な変化をつけた⾊は、光を受けてさざなみのように表情を変え、わずかにアールをつけた⾓などのディテールとともに、やわらかな印象を放つ。
流通倉庫の堅牢なつくりを優しく包むように、エレガントで美しいビルを後にすると、街をまた散策したい気持ちが⽣まれる。

「⻘花⼩慢 Tea Experience」で⾃分のためだけに、⼀杯。

「soko gallery」から歩き、「⻘花室」が運営するもうひとつの場所へ。細い路地を⼊ると現れる昭和初期の⽊造建築「⼀⽔寮」に、台湾茶の「⻘花⼩慢 Tea Experience」を訪ねた。
⻘々としげる植物に覆われ、時の経過を感じさせる⽇本家屋。引き⼾を開け、⼩箱のような空間へと進む。ガラス越しに外の緑を映し、涼やかで静かな気配。

ここは、謝⼩曼(シェ・シャオマン)さんの主宰する「⼩慢」による、台北、京都に続く3つ⽬の茶藝館(ティーサロン・ギャラリー)。どこまでも整った美しさでありながら、不思議と緊張感のないやわらかな静けさは、⼩曼さんの「お茶を、もっと気楽に」という思いのもと、⼩さな⼯夫を重ねたしつらえゆえ。

お茶をいただくカウンターを低めにして、和紙に塗った漆はマットに抑えた控えめな美しさ。
「落ち着いた空間で、リラックスして⾃分のための⼀杯を」
店⻑の⿑藤りょう⼦さんは⼩曼さんの思いに沿って、お客様を迎える。
⼩慢は、台北、京都、そしてこの⻘花⼩慢はどこも、⽇本建築をベースにした空間だそう。どこにいても等しく落ち着いていられる場。茶葉はパッケージもよくギフトにピッタリ。15g 税別2500円から(2026年8月現在)。
⼩慢は、台北、京都、そしてこの⻘花⼩慢はどこも、⽇本建築をベースにした空間だそう。どこにいても等しく落ち着いていられる場。茶葉はパッケージもよくギフトにピッタリ。15g 税別2500円から(2026年8月現在)。
ここでは、茶葉の販売や、ギャラリーとして⼯芸の展⽰販売、また週末は予約にて、「Tea Experience」(茶体験)を提供する。「⼩慢茶体験」は、台湾菓⼦3種とともに、⼀茶、⼆茶をいただくコース。
「⼆茶を5種類の中からお選びいただき、ご⾃⾝で組み⽴てていただくコースです」
 

化学肥料や農薬を使⽤しない、⾃然の⽣育環境で育った野⽣放置のお茶。管理された⼤量⽣産の均質な茶葉とは違う複雑な味わいの楽しみがある。
⼩慢の提供するお茶は、「野放茶」と⾔い、化学肥料や農薬を使⽤しない、⾃然の⽣育環境で育った野⽣放置のお茶。例えばこの⽇、⼀つは、標⾼約1900メートルの鉱⼭で、15年間⾃然放置栽培された茶を。
「霧に包まれ、昼夜の寒暖差が⼤きい環境で育ちました。茶湯は清らかな⽢みがあり、なめらかでコクのある⼝あたりです」

カウンター越しに、湯気を⾒つめ、湯を注ぐ⾳に⽿を澄まし、淹れてくださる⼿元の所作を⾒つめる。茶葉そのものの⾹り。そして1煎目、2煎目と変化していく⾹りと味わい。

Tea Experienceは⾦・⼟・⽇の週末限定で、税別4500円(2026年8月現在)。予約制だが、席があれば予約なしでも可。
⾃分のために選んだお茶を、⾃分のためだけに⽬の前で淹れてもらう。カウンター越しの所作は、とても丁寧で美しい。
「⾃分専⽤の⼩さな茶器で、おおらかに。⾃分のための⼀服を、リラックスして過ごしていただきたい」
ここでは、「⾃分のため」が⼤事にされる。⽇常の中で、ひと⼼地つく時間。ここにはちょうどよい密やかさがある。

⼩曼さんは、⼤学在学中から7年間を⽇本で過ごし、のちに台湾で、⽇本の⼯芸を積極的に茶器として紹介。それは⽇本の⼯芸が海外に開かれ熱い視線を受けるようになるきっかけともなり、今では⽇本においても、台湾茶と⽇台⼯芸の結びつきが、多くのファンを惹きつけている。
取材中に⾏われていたガラス展では、⼈気作家の作品とともに、中国からのアノニマスなガラス器も同等に並べられていた。その眼差しに、⼩曼さんのフラットな価値観が感じられる。

2026年9月13日までは、⼩曼さんの集めた古物を紹介する展⽰が開催中。その審美眼がピックアップしてきたものを⾒る機会に、ぜひ訪ねたい。

少しずつ細くなる路地を⼊ると、路地裏に現れる昭和建築。国の登録有形⽂化財(2013年指定)

古くから路地裏へと誘う花街の風情を残す街で、長く歴史を見つめてきた建物に生まれた、古今の文化を伝える二つの場。「青花小慢」に予約を入れて、ゆとりを持って神楽坂を訪ねる。ギャラリー棟に着いたら、最初にコーヒーでひといき入れてからギャラリーを一つひとつ探索する。店主と言葉を交わしたり、静かに眺めたり。時間をかけて味わった後には、お茶のコースで静かに心を休めて、夕暮れを待つのもいい。帰りに再び「新潮社 soko」の脇を通れば、夕日を浴びて赤褐色に染まる、建物の新たな表情に出会えるかもしれない。



Text:Yuko Mori
Photo:Akiko Baba



いつもと違う東京都観光には、〈soko gallery〉〈青花小慢〉がおすすめ。

soko gallery


所在地東京都新宿区矢来町71
アクセス東京メトロ東西線「神楽坂駅」2番出口から徒歩約2分
URLkogei-seika.jp/
Instagram@kogei_seika
開館時間11:00〜20:00
休館日第3水曜 ※営業時間および定休日は各ショップにより異なります。


 

⻘花⼩慢 Tea Experience


所在地東京都新宿区横寺町31 一水寮101
アクセス東京メトロ東西線「神楽坂駅」1a出口・1b出口から徒歩約4分
URLseika-xiaoman.stores.jp/
Instagram@seika_xiaoman
営業時間金〜日 11:00〜18:00 / 火〜木 12:00〜18:00
休業日月曜


 
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