⽼舗出版社の倉庫に映す⼯芸の精神。「soko gallery」を訪ねる旅。
美しさへの眼差しが⾏き交う、空間の対話。
新潮社の出版倉庫として歴史を刻んだビルを改装して⽣まれた「新潮社 soko」。⾃社ビルとして昭和34年に建設され築67年となるビルは、かつて⼤量な出版流通の要として頑強な梁を備えた実⽤建築でありながら、外観に⽤いられたタイルの繊細な⾊彩、アールをつけた⾓、内側のむき出しの梁の⾓を落とした⾯取りなどが、随所に知的な美しさを感じさせる。
美術と⼯芸を扱うギャラリー棟の⼊り⼝に、造形作家・望⽉通陽さんの型染めによる「倉庫」旗が⽬を引く。
『⼯芸⻘花』は12年前に始まり、現在は年に2回、美しい本に仕上げて発⾏している。編集室は「⻘花の会」として、出版だけでなく展⽰や講話、フェアなどを企画する活動体でもある。soko3階のギャラリーは、その『⼯芸⻘花』を体現する場所。
「坂⽥室」は、故・坂⽥和實さんの眼差しを展⽰公開する場。⾻董商の坂⽥さんは、『芸術新潮』で連載を重ね、『ひとりよがりのものさし』をはじめとする著書を出版してきた。彼が営んでいた「古道具坂⽥」「museum as it is」で知られるその⾒⽴て、コレクションを通して、「なんでもないものこそ美しい」とする眼差しを体感するための場として、この「坂⽥室」は始まったという。
それに階段の⼿すりは、「museum as it is」で使われたのと同じ八⾓形のかたちで、中村好⽂さんがしつらえたのだという。「同じ手すりは作らない」という中村さんには珍しい、粋な計らい。
「museuem as it is」で⻑く使われていた棚。漢字が書かれた紙貼りが露わになってなお⽬を惹く
「Artisan Tokyo」は、シェーカー家具の真髄を伝え、輸⼊する。中村好⽂さんがオリジナルと⼨分違わずつくりつけの棚をしつらえた空間で、貴重なアンティークから現⾏コレクションまで体感できる。
「1⽉と7⽉」店主の多治⾒武昭さんは、「フランス⾻董の王道」を扱う店、と⾔う。誰がどう使っていたのかとすぐにはわからないユーモラスなものも、現代アーティストの絵画も、美術館級の⾻董も、同等に並ぶ宝探しの⾯⽩さ。菅野さんはそれを「実際にフランスの蚤の市を歩いているような感じがあっていい」と⾔う。
菅野さんも⾔う。「関⼼を広げてくださる⽅たちがいるといいなと思って。実際、始まってみると、それぞれのお店のお客さんの層はまちまちでも、ここに来るとひと通り回るじゃないですか。そうして混ざっていく感じが、雑誌っぽくていいなと思う」
扉向こうのさまざまな個性を緩やかにつなぐように、真ん中の広間がある。
「ここは、主役の⼀つはそれぞれの品物で、もう⼀つの主役は建物だと思うんです」と菅野さんは⾔う。
「この空間を味わってもらうことも⼤事なので。もともと倉庫だから重い書籍在庫を⽀えるために梁が異様に多くて、天井が低い。それがある種の親密感になって、広すぎない感じがいい」
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
『⼯芸⻘花』編集⻑の菅野康晴さん
これからやりたいことは、の質問に、菅野さんは「とにかく継続すること」と話す。「展覧会も編集のテーマもたくさんあって、なくなることはない。だけど⼤事だと思うのは、質とかテイスト、そうしたものを守るというか、変わりつつ、変わらずにいること。この場で実際の空間をつくることは、本の編集とやることは近いけれど、やはり違う。当時、本当に⼀⽣懸命つくられた建物なので、この魅⼒が、訪れた⼈にちゃんと伝わるように、⼼がけたい。古道具坂⽥も、例えばストレスを抱えて⾏った日も、出てくる時にはなぜかスッキリしていた。きっと、何かを⼼がけてやっていたからあの空間にそれが現れて、それを訪れた⼈が感じ取って。そんなふうになるには、どうすればいいのかな、と思いながらやっています」
1階エントランスにあるワイン圧搾機(プレス機)の⽊部アンティークは、『芸術新潮』で連載していた彫刻家 豊福知徳さんのコレクションだったもの。出版物を「プレス」と呼ぶ源は、最初の活版印刷機のヒントとなったワイン圧搾機だったとか。
流通倉庫の堅牢なつくりを優しく包むように、エレガントで美しいビルを後にすると、街をまた散策したい気持ちが⽣まれる。
「⻘花⼩慢 Tea Experience」で⾃分のためだけに、⼀杯。
ここは、謝⼩曼(シェ・シャオマン)さんの主宰する「⼩慢」による、台北、京都に続く3つ⽬の茶藝館(ティーサロン・ギャラリー)。どこまでも整った美しさでありながら、不思議と緊張感のないやわらかな静けさは、⼩曼さんの「お茶を、もっと気楽に」という思いのもと、⼩さな⼯夫を重ねたしつらえゆえ。
お茶をいただくカウンターを低めにして、和紙に塗った漆はマットに抑えた控えめな美しさ。
「落ち着いた空間で、リラックスして⾃分のための⼀杯を」
店⻑の⿑藤りょう⼦さんは⼩曼さんの思いに沿って、お客様を迎える。
⼩慢は、台北、京都、そしてこの⻘花⼩慢はどこも、⽇本建築をベースにした空間だそう。どこにいても等しく落ち着いていられる場。茶葉はパッケージもよくギフトにピッタリ。15g 税別2500円から(2026年8月現在)。
「⼆茶を5種類の中からお選びいただき、ご⾃⾝で組み⽴てていただくコースです」
化学肥料や農薬を使⽤しない、⾃然の⽣育環境で育った野⽣放置のお茶。管理された⼤量⽣産の均質な茶葉とは違う複雑な味わいの楽しみがある。
「霧に包まれ、昼夜の寒暖差が⼤きい環境で育ちました。茶湯は清らかな⽢みがあり、なめらかでコクのある⼝あたりです」
カウンター越しに、湯気を⾒つめ、湯を注ぐ⾳に⽿を澄まし、淹れてくださる⼿元の所作を⾒つめる。茶葉そのものの⾹り。そして1煎目、2煎目と変化していく⾹りと味わい。
Tea Experienceは⾦・⼟・⽇の週末限定で、税別4500円(2026年8月現在)。予約制だが、席があれば予約なしでも可。
「⾃分専⽤の⼩さな茶器で、おおらかに。⾃分のための⼀服を、リラックスして過ごしていただきたい」
ここでは、「⾃分のため」が⼤事にされる。⽇常の中で、ひと⼼地つく時間。ここにはちょうどよい密やかさがある。
⼩曼さんは、⼤学在学中から7年間を⽇本で過ごし、のちに台湾で、⽇本の⼯芸を積極的に茶器として紹介。それは⽇本の⼯芸が海外に開かれ熱い視線を受けるようになるきっかけともなり、今では⽇本においても、台湾茶と⽇台⼯芸の結びつきが、多くのファンを惹きつけている。
2026年9月13日までは、⼩曼さんの集めた古物を紹介する展⽰が開催中。その審美眼がピックアップしてきたものを⾒る機会に、ぜひ訪ねたい。
少しずつ細くなる路地を⼊ると、路地裏に現れる昭和建築。国の登録有形⽂化財(2013年指定)
古くから路地裏へと誘う花街の風情を残す街で、長く歴史を見つめてきた建物に生まれた、古今の文化を伝える二つの場。「青花小慢」に予約を入れて、ゆとりを持って神楽坂を訪ねる。ギャラリー棟に着いたら、最初にコーヒーでひといき入れてからギャラリーを一つひとつ探索する。店主と言葉を交わしたり、静かに眺めたり。時間をかけて味わった後には、お茶のコースで静かに心を休めて、夕暮れを待つのもいい。帰りに再び「新潮社 soko」の脇を通れば、夕日を浴びて赤褐色に染まる、建物の新たな表情に出会えるかもしれない。
Text:Yuko Mori
Photo:Akiko Baba
いつもと違う東京都観光には、〈soko gallery〉〈青花小慢〉がおすすめ。
soko gallery
| 所在地 | 東京都新宿区矢来町71 |
| アクセス | 東京メトロ東西線「神楽坂駅」2番出口から徒歩約2分 |
| URL | kogei-seika.jp/ |
| @kogei_seika | |
| 開館時間 | 11:00〜20:00 |
| 休館日 | 第3水曜 ※営業時間および定休日は各ショップにより異なります。 |
⻘花⼩慢 Tea Experience
| 所在地 | 東京都新宿区横寺町31 一水寮101 |
| アクセス | 東京メトロ東西線「神楽坂駅」1a出口・1b出口から徒歩約4分 |
| URL | seika-xiaoman.stores.jp/ |
| @seika_xiaoman | |
| 営業時間 | 金〜日 11:00〜18:00 / 火〜木 12:00〜18:00 |
| 休業日 | 月曜 |
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