目的地にしたい料理屋【うをげん】
「お通し、と呼んでしまうと、この小皿で料金をいただいているみたいでしょう。でも、これは無料ですから」
小皿に並ぶのは、旬の食材を使った家庭料理。この日は、わらびの煮物、きゃらぶき、筍の煮物、ひじきの煮物、れんこんとこんにゃくのピリ辛煮。汁物は、コンソメ風味の新玉ねぎスープだった。これだけでビール瓶1本あけられてしまいそうなほど、充実した内容だ。本当にこれが無料?「もともとは、一人暮らしのお客様にちょっとした小皿を出したことから始まったんです。お一人だと、家の食事で野菜をたくさん摂るのもなかなか難しいでしょう。そうしたらとても喜んでいただけて、お味噌汁もあったら嬉しいかしら、なんてお出ししているうちに、いつの間にか今のスタイルになっていたんです」
と真弓さんは続ける。この「サービス」は、今では初訪問でも常連でも、一人でも複数でも、同様に提供される。店内を見渡せば地元の人や、何十年とこの店に通う常連客も多いが、たとえ一見さんであっても分け隔てなく接してもらえることが、さらにまたこの店の居心地の良さにつながっているのだ。
運ばれてきた刺身はつやつやと輝き、ひと切れごとに身の張りがある。一口食べれば、ぴちぴちとした食感に感激してしまった。
「朝、市場で魚を仕入れると、すぐに店に戻って処理します。あじは、買ってすぐに三枚おろしにしました。骨まわりの血合いや余分な水分を早めに取り除くことで、身の鮮度が保てるんです」
と、幸春さん。だから、この店のあじの刺身は青魚らしい旨みはありながら、後味はすっきり。そのぶん、鮮度の良さがより際立って感じられるのだ。
新鮮でピチピチなあじの刺身に、身がふわふわのむつの煮付け。「うをげん」は、小田原の魚の味の良さをあらためて教えてくれる。そもそも、この地域は地理的条件に恵まれていて、小田原の魚は脂ののり、味、香りの三拍子揃うと言われている。さらに、小田原漁港で水揚げされる魚は約60種とされる。
「小田原の海には砂地の漁場があるので、ヒラメやホウボウも獲れます。砂に身を潜める魚や、海底近くにいる魚が揚がるのは、海底の地形あってこそ。そういう魚種の幅広さも小田原の魚のおもしろさですね」
と、幸春さん。そんな話を聞くと、季節ごとにこの店を訪れ、小田原の海の移り変わりを知りたくなってしまう。
「うちの酒盗は、一般的な酒盗に比べて味が濃くて香りも独特です。でも、これこそが本物の酒盗だと思っています。初鰹が出回る時期に一気に仕込み、1年以上発酵させるんです」
と幸春さん。小鉢に盛られた酒盗の、まずはすっと鼻を抜けていく発酵の香りに驚かされた。箸でつまむ程度の量をほんのちょっと舐めただけでも、口のなかいっぱいに旨みが広がる。これには熱燗がいい。
旨い酒と料理、ここでしか味わえない風景。この店のために小田原に立ち寄りたくなるほどの魅力が、ここにはある。例えば大阪や京都、名古屋から東京に戻る新幹線を途中下車して、この店で一杯呑むのも良さそうだ。
Text:Ayano Yoshida
Photo:Yuji Kanno
いつもと違う神奈川県観光には、小田原市の〈うをげん〉がおすすめ。
うをげん
| 所在地 | 神奈川県小田原市栄町3-4-19 |
| アクセス | JR小田原駅から徒歩約5分 |
| 電話番号 | 0465-23-4000 |
| 営業時間 | 17:00〜21:00 |
| 営業日 | 木曜、金曜、土曜 |
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。