歴史ある笠寺観音商店街にできた元教師が営む書店


名古屋駅から電車で20分ほどの位置にある南区の笠寺エリアは、古くから笠寺観音(天林山笠覆寺)の門前町として栄えてきた地域だ。旧東海道の鳴海宿から宮宿(熱田宿)を結ぶ街道筋には、明治時代から徐々に形成されていった笠寺観音商店街がある。下町の雰囲気漂う笠寺観音商店街は近年新しい店舗が増え、盛り上がりが増しているスポット。今回は、2025年7月にオープンした〈ブタコヤブックス〉を訪れ、店主の船張真太郎さんにお話を伺ってみた。
船張さんは、小学校教師を16年間務めたのち、個人書店の経営者に転身した異色の経歴の持ち主。思い切って人生の舵を切ったその背景には、娘さんの言葉や親しんでいた書店の閉店など、さまざまな出来事があったようだ。

「自営業で苦労した父は、息子の私には“安定した職を”という思いが強かったようです。同時に教員への憧れもあったようで、次第に私は父の思いを叶えたいと教員への夢を持ち始めました。教員生活はやりがいのある素晴らしいものでしたが、娘が『自分も学校の先生になりたい』と言い出したときには動揺しましたね。無意識に自分の言葉が娘の進路を狭めていたのではないかと思ったのです。昔から親しんでいた〈七五書店〉の閉店なども重なり、自分の人生を見つめ直してみたくなったことが、書店開業のきっかけとなりました」
店主の船張真太郎さん。〈ブタコヤブックス〉の名にちなんで、木のぬくもりを感じられる小屋のような空間を目指した。学校を想起させる什器も印象的。
店主の船張真太郎さん。〈ブタコヤブックス〉の名にちなんで、木のぬくもりを感じられる小屋のような空間を目指した。学校を想起させる什器も印象的。
幼少期から本が好きだったことや編集者への憧れがあったことも、船張さんの挑戦を後押しした。そして、書店開業の道を模索する過程で、名古屋市内にある商店街の再生を目指すプロジェクト「ナゴヤ商店街オープン」に参加したことが大きな転機となる。

同プロジェクトで「本屋になりたい」と表明したことをきっかけに、商店街の方々のサポートのもと、とんとん拍子に計画が進んでいったという。そうして、奥様の出身地でもあり、自身もなじみの深い笠寺エリアに書店開業への道が拓けた。「穏やかな日常がありつつ、笠寺観音の伝統行事の際は多くの人で賑わうなど、笠寺エリアはハレとケの境がくっきりしている街。最近は街の様子が変わってきて、より魅力ある場所へ進化しているように感じます。特に、笠寺観音商店街は少しずつ店舗が増えて、緩やかに変化しているおもしろい場所。近くには私も一箱本棚オーナーとして関わる私設図書館〈かさでら図書館〉や、複数のシェフがシェアして営業する〈かさでらのまち食堂〉のようなおもしろいスポットがあり、魅力が増してきています」


目指すはみんなが集まって自然と交流が生まれる場


船張さんにとって、書店は“困ったときに頼れる存在”。〈ブタコヤブックス〉も子育ての悩みや教員の困りごとに応えられる存在であるよう、オープンに向けて本のラインナップを考えた。しかし、実際に書店を運営していくうちに「目指す書店のイメージが少しずつ変わっていった」と船張さんは話す。

「訪れるお客さんとコミュニケーションを取りながら、少しずつ棚のバランスを見直してきました。日々の会話をヒントに本を仕入れることも。お客さんからうれしい反応が返ってくるとやりがいを感じますね。地域の方だけでなく、わざわざ遠方から足を運んでくれるお客さんが多いのは予想外でしたが、とてもありがたいことです。日々勉強しながら、お客さんに求められるお店づくりに奮闘しています」
お客さまの声を反映しながら、日々進化する〈ブタコヤブックス〉。そのラインナップの中から、船張さんが旅におすすめの本として紹介してくれたのは、沢木耕太郎さんの『旅する力―深夜特急ノート―』。船張さんは昔から旅が好きで、大学時代に原付で日本を一周したり、教員時代も長期休暇を利用してバックパッカーとして世界各地を訪れたり、さまざまな旅を経験してきた。そんな船張さんの旅の考えを変えてくれたのが、こちらの一冊なのだという。
 
「バックパッカーのバイブルといわれる『深夜特急』の著者・沢木さんが初めて手がけた長編エッセイです。私は今も旅をする機会がありますが、若いときに比べて自由な旅ができなくなったと感じ、心のどこかにその思いがずっと引っ掛かっていました。そんなときに、この本の『20代には20代の旅があり、30代には30代の旅がある』という言葉を見て、気持ちが楽になったんです。今の自分には家族と一緒に楽しむ旅や、本のイベントで各地を訪れる旅など、今だからできる旅がたくさんあります。旅好きな方には、ぜひこの本を手に取っていただきたいです。きっと自分の旅を見つめ直すきっかけになると思います」先日、〈ブタコヤブックス〉で開催した読書会でも印象的な出会いがあったのだとか。「この土地で暮らしている人とおしゃべりができると思って参加しました」という旅人の声から、〈ブタコヤブックス〉自体も旅のスポットになることを実感した船張さんは、「“旅をする側”だけでなく“旅人を迎える側”になることも広義の意味で旅であり、自分の旅はまだ続いていると感じた」と話してくれた。
船張さんが個人的に書き留めてきた旅ノート。〈ブタコヤブックス〉自体が旅の目的地になったと気付いたことから一旦の役目を終え、現在では開業日誌を自費出版するなど、カタチを変えて記録を続けているとのこと。
船張さんが個人的に書き留めてきた旅ノート。〈ブタコヤブックス〉自体が旅の目的地になったと気付いたことから一旦の役目を終え、現在では開業日誌を自費出版するなど、カタチを変えて記録を続けているとのこと。
船張さんは最後に今後の展望についても語ってくれた。

「今は、コミュニケーションのきっかけとなるようなスペースを作りたいと、一角に一箱ごとに貸し出すシェア本棚を準備中です。〈ブタコヤブックス〉の名前は、幼いころに友達と楽しく過ごした自宅の庭の小屋に由来しています。その楽しい時間を再現するべく、今後もさらに交流の場を広げていきたいですね」



Text:Ayumi Otaki
Photo:Akihiro Morita




いつもと違う愛知県観光には、名古屋市の〈ブタコヤブックス〉がおすすめ。

ブタコヤブックス


所在地愛知県名古屋市南区笠寺町西之門33-1
アクセス名鉄「本笠寺駅」から徒歩約2分
Instagram@books_butakoya
営業時間Instagramよりご確認ください。
営業日木曜、金曜、土曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。