旅に出る前に知りたい風土〜土を知る旅〜 


同じ場所でも、何も知らずに訪れるのと、事前に知識をつけてから向かうのとでは、まったく印象が変わることがある。「知っておく」ことは、初めて見るはずの景色を立体的にするからだ。事前知識があることで風景が輝き、その土地を歩くことの感慨が増す。そんな、一歩踏み込んだ、味わい深い旅。
 


山の土が、料理と出会うまで。


美濃焼は岐阜県の東濃地方で作られる焼き物であり、国内で生産される陶磁器製の食器の約半数を占めるともいわれている。ひとつの形や技法にとどまらない懐の広さがあり、時代の変化や人々の暮らし、好みに応じて、その姿を柔軟に変えてきた。美術性の高い器から日常に溶け込む身近な食器まで、幅広く作られていることも美濃焼の特徴のひとつ。多くの人が、これまでの食事のなかで一度は美濃焼に触れたことがあるだろう。

前編では、多治見を拠点に活動する陶作家・安藤雅信さんとともに、美濃焼の原料となる土が採掘される鉱山を訪ねた。そこに堆積するのは、およそ1500万年前の土。切り開かれた地層を前にすると、美濃というエリアが積み重ねてきた時間の長さに気付かされた。その土から作られる美濃焼も、実はそういった時間の流れを内に秘めているのだ。
では、山から掘り出された土は、どのような過程を経て器となり、そして料理とともにテーブルへ並ぶのだろうか。後編では、その過程を知るため、美濃エリアの陶作家たちが信頼をよせる原料メーカー〈カネ利陶料〉を訪ねた。さらに、美濃焼を料理とともに楽しめる多治見市のレストラン〈POSTO〉へと足を運んだ。

 

山の土を、作り手のための土へ

〈カネ利陶料〉は、美濃焼の原材料となる「陶土」の製造、販売を行う老舗原料メーカーだ。創業は1839年。幕末から土に関わる商いを営み、明治期に陶土を製造するメーカーとしての歩みを始めた。現在の会長の岩島利幸さんは、陶土メーカーとして数えて三代目にあたる。
「陶磁器をつくるための土を製造する」とは、どういうことか。カネ利陶料の工場を訪れて、その意味を理解した。山から採掘された原土は、そのままでは作り手が使える陶土にはならない。砕き、水に溶かし、粒子を整え、性質の異なる原料を配合し、水分を抜いて練り上げる。こうして、陶土はできあがっていく。また、カネ利陶料では工場に隣接する「土のShop」で、作家向けに原土を砕いた素材の展示・販売している。
ここに並ぶのは、陶土に加えて色や質感を調整するための素材だ。料理にたとえるなら、ベースの味に個性を加えるスパイスのようなもの。カネ利陶料では、原土の特性を熟知し、それぞれの活かし方を探りながら、陶芸作品の材料として使えるように調整している。作家たちはこれらを陶土に加えることで、自分なりの色や質感を表現している。
岩島さんの現在の主な仕事は、工場に隣接する自宅兼事務所で、作家たちの話を聴くこと。作家たちが持ち込んだ作品や試し焼きを見ながら、まだ言語化されていない作家の思いを汲み取り、新しい作品を作るための土探しをする。どんな土を、どんなふうに配合し、どのように焼くと、作家が思い描いているものを形にできるのか。岩島さんは、美濃の土の専門家として作家に寄り添い続ける。
「土の店」の子どもとしてこの地域で生まれた岩島さんは、幼い頃から土を通してこの地域の文化や暮らしを見つめてきた。なかでも、父親が連れて行ってくれた原料山の風景は、岩島さんの好奇心を強く刺激した。「山肌が見えるほどの押し迫る地層があり、その上には村があり、人々が暮らしている様子がはっきりと見えました。葬列を見つけたこともあります。まるでジオラマのような光景でした」

山の採掘現場では、掘り出した原料をトロッコで運んでいた。山からの運搬には牛車が使われ、荷を積んだ車を牛が重そうに引きながら、家の前の坂道を行き来していたという。
成長するに連れ、岩島さんは美濃の山に堆積する土と、それが生み出す地層、そこに宿る歴史に思いを馳せるようになる。土は土にして土にあらず、と岩島さんは語る。「隕石の衝突や幾度もの地殻変動を経て、生命を育む地球が生まれました。その長い時間のなかで、生きとし生けるもののDNAを含む土がつくられた。土は命の泉であり、太古の文明が刻まれているのです」岩島さんが社会人になる頃、時代は高度経済成長期を迎えていた。美濃エリアは、食器やタイルを連続的かつ大量に焼く、工業的な生産地として大きく成長した。均一で、品質が安定した土を大量に供給すること。陶土を製造するメーカーには、そんな姿勢が求められた。

そんな時代背景のなかで、岩島さんは土屋としての独自の在り方を築き始めていくことになる。きっかけは、とある美濃焼の作家から「面白い土を探している」という相談を受けたこと。作家は、陶芸用の粘土として調合・製品化される前の天然の土を見たがっていたのだ。
その作家との対話を契機に、岩島さんは原料山へ足を運び、すぐには使い道が見つからない土も含めて、自分の目で見立てるようになった。大量生産には向かない土でも、ある作家にとっては、ほかにはない表情を生む素材になるかもしれない。そこから徐々に、〈カネ利陶料〉は現在のスタイルでの営業を確立していった。

現在、工場では日置哲也さんが土の製造の指揮を執る。
日置さんから見て陶土を作るということは、土に触れ、焼き、観察し、また試すことの繰り返しだ。その経験を通して日置さんが感じる美濃の魅力は「素材の懐の深さ」だという。

「産業を支える原料にもなり、作家の自由な表現にも応える。美濃エリアには多様な土があるから人が集まり、技術や文化が育ってきたのだと実感しています」

ただし、その土は、人間がつくり出せるものではない。長い時間をかけて堆積した資源を、私たちは掘り出しているのである。「土の可能性を探ることと、無駄にしないこと。その両方が、これからの美濃焼には求められている」と、日置さんは話す。

美濃焼が、料理と出会うとき


美濃・多治見本町には、「土」をコンセプトとした複合施設「THE GROUND MINO」がある。星住克さん・千紗子さん夫妻が営む〈POSTO〉は、この施設内で陶芸の工房やギャラリー、ショップとともに並ぶパスタ料理店。星住夫妻はもともと多治見市内でレストラン「hoshizumi」を営んでいたが、「THE GROUND MINO」内で新たに店を始めたことを契機に、美濃焼と、その作家に強く惹かれるようになった。
「『hoshizumi』では、全国のさまざまな種類の器を使っていました。あらためて美濃焼に目を向けてみると、近くにいながら見落としていた作家の多さと、作風の幅に驚かされました」と、克さんは話す。千紗子さんもまた、「作家によって質感も表情もまったく違うことが楽しい」と、言葉を重ねる。いつからか美濃焼の収集が二人の趣味となり、今ではそのコレクションを店で使用するようになった。
この日、最初に運ばれてきたのは「季節の野菜と果実のサラダ」。紅だいこんやビーツ、ズッキーニなど、春の名残と夏の始まりが同居する野菜に、スモモなどの果実を重ねている。焦茶色の深い色合いの美濃焼の器が、野菜の鮮やかさを引き立てていた。

料理において克さんが大切にしているのは、野菜本来の味わいを際立たせること。一つのサラダにする場合でも、食材ごとに生のまま出す、焼く、マリネするなど調理法を変えながら、素材の個性を活かす方法を追求する。それと同時に克さんが楽しんでいるのが、できあがった料理や、その日の気分、空気に合う器を選ぶことだ。

「盛りつけて初めて、思いがけない相性に気づくこともあります」と、克さん。サラダの後にテーブルに運ばれてきた焼き桃と新生姜のパスタを見たときに、その言葉の意味がわかった気がした。まるで、最初からその料理と合わせるために作られたかのような色と風合いの器に盛り付けられていたからだ。
作家物を集めているため、中には一枚しかない器もある。だから、同じ料理がいつも同じ器で出てくるとは限らない。ソースの色や料理の形状だけでなく、ときには客の服装や雰囲気を見て器を選ぶこともある。黒い服を好みそうな人には、黒や柄のある器を合わせてみる。そうやって即興的に選ぶことができるほど、美濃焼は多様で、懐が深い。

美濃焼への興味が高じて、克さんは地域の陶作家である安藤雅信さんに、料理に合わせて厚みや形を変えた器を特別に依頼したこともある。

「器としては少し重くなってもいいから、温かさや冷たさが長く続く器を作っていただけませんか、とお願いしました」
出来上がった器は、今回のジャガイモのポタージュのように温かい料理に合わせることもあれば、器をあらかじめ冷やしておき冷製パスタを盛り付けるなど、克さんが愛用する器の一つとなった。
「安藤さんから教わったことの一つに、器の欠けさえも愛でていく楽しみがあります」

と、克さんは話す。一般的に、飲食店では欠けてしまった器はテーブルには並べない。手を切る危険性があるし、見た目も損なわれるからだ。しかし、安藤さん曰く「器は新品の状態だけが完成ではない。料理が盛られ、人の手に触れ、店で時間を重ねていくもの」。欠けた部分もまた、その器が積み重ねた時間の一部となっていくのだ。だから、危険のないように縁を整えたうえで、使い続けることもある。
美濃焼に対する強い思いがあるが、その熱を人に押しつけない。そうした距離の取り方も、星住夫妻が大切にしていることの一つだ。

「器に興味を示したお客様には、喜んで作家や器の話をお伝えします。一方、食事や会話を楽しんでいる方には、あえて説明を差し込んだりはしません」

と、主にサービスを担当している千紗子さんは話す。それが美濃焼であると認識されていなくても、人々が食事を楽しむ時間の中に自然と溶け込んでいること。その佇まいもまた、美濃焼の魅力の一つだからだ。

山の土を見立てる人がいて、作り手のための陶土へ仕立てる人がいる。そして、作家が器に形づくり、料理人が季節の味を盛り、食べ手の手へ渡す。自然の土と真摯に向き合う岩島さん、日置さん、美濃で器を作り続ける安藤さん、そして、その器に料理を盛る克さんがいて、テーブルへと届けていく千紗子さん。それぞれの言葉を振り返ってみると、美濃エリアに根付く土と器の物語が浮かび上がってくる。あらためて美濃を歩くと、地球が重ねてきた長い時間と、いま目の前を流れる私たちの日常との接点が、少しだけ見えたような気がした。

土を知る旅・フォトギャラリー

美濃地方をさらに味わう旅



Text:Ayano Yoshida
Photo:Yuki Arimitsu



いつもと違う岐阜県観光には、美濃地方の「土を知る旅」がおすすめ。

カネ利陶料


所在地岐阜県瑞浪市稲津町小里1161-1
アクセスJR瑞浪駅から東鉄バス「小里」停留所下車すぐ
URLhttps://kaneritouryou.com/
Instagram@kaneri_touryo
営業時間工場併設『土のShop』は予約時のみオープン(平日の10時または14時)
休業日土曜・日曜・祝日


 

POSTO


所在地岐阜県多治見市本町6-2 THE GROUND MINO
アクセスJR多治見駅から徒歩約15分
電話番号0572-22-5025
URLhttps://posto-mino.com/
Instagram@posto_mino_
営業時間LUNCH:金曜、土曜、日曜、月曜
11:00〜15:00(入店13:30まで)
DINNER:金曜、土曜、日曜
18:00〜21:00 おまかせコース
※ご予約は前日10:00まで


 
※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。