自分らしく輝くために専業主婦から書店の開業へ


“やきものの街”として古くから知られている瀬戸は、近年大きな変化を遂げている。移住者やUターンする人たちが増え、ここ数年で新しい施設やお店が続々と誕生しているのだ。さらに3年に1度開催される国際芸術祭『あいち』など、アートとのかかわりが深い町でもある。

住む人にとっても観光客にとっても魅力的な街になりつつある瀬戸。そんな瀬戸の街をおもしろくしているお店のひとつである、独立系書店〈本・ひとしずく〉を訪れた。
 
〈本・ひとしずく〉は、やきものの文化や歴史に触れられる散策路「陶の路(とうのみち)」沿いにある。古民家の空気感を活かした心地よい雰囲気が魅力で、1階が書店、2階が展示ギャラリーなどを行えるレンタルスペースとなっている。店主の田中綾さんは、瀬戸市の起業支援講座「せと・しごと塾」に参加し、2021年に〈本・ひとしずく〉をオープンした。

「自分のお店を開こうと思い立ったのは、8年にわたる専業主婦期間を経て『母や妻という肩書きでなく、私個人として何か始められたら』と思ったからです。当時は雑貨屋にも興味があったので修行も兼ねてパートとして働くなど、自分のやりたいことをいろいろ模索していました。そのとき、たまたま昔から持っていた本を読み返したらすごく得るものがあって、本の魅力を再認識したんです。本屋さんになりたいと思い、『せと・しごと塾』への参加を決意しました」
〈本・ひとしずく〉店主の田中綾さん。
〈本・ひとしずく〉店主の田中綾さん。
築100年超えのこちらの物件は、「せと・しごと塾」のつながりで紹介してもらったのだそう。物件にひとめぼれしたのももちろんだが、瀬戸のおもしろさに気づいたことも、この街で書店を開くきっかけとなった。
本だけでなく、雑貨の販売も行っている。
本だけでなく、雑貨の販売も行っている。
「私は隣街に住んでいるのですが、『せと・しごと塾』に通ううちに瀬戸の魅力に気づきました。一言で表すと、いい意味で“カオスな街”ですね。やきものの街としての歴史・伝統と現代アート、老舗と新しいお店、作り手と観光客など、多くの要素が混ざり合い、独特の雰囲気やおもしろさが生まれています。車だったら通り過ぎてしまうような場所に魅力的な路地があるなど、歩くだけで楽しい街なので、ぜひ散策してみてほしいです」

 

目指すは“ひとしずく”のうるおいを与えられる場所


オープン当初の計画では“古本7割・新刊3割”を目指していたが、クラウドファンディングでの支援を得て、現在は割合が逆転した。本棚には小説やエッセイ、絵本、ZINEなどさまざまな本が並ぶ。“まずは自分が読みたいかどうか”が本の選定基準だそう。
「以前インテリアコーディネーターをしていたので建築関連の本には興味がありますし、好きな出版社の新作は必ずチェックしています。自分の趣味以外の本も徐々に増えていて、たとえばジェンダーや政治関連の本など、子どもたちに知っておいてほしいこと、もしくは親として学んでおきたいことなどをテーマにした本も意識的に集めています」さらに〈本・ひとしずく〉には、一般の利用者が棚を借りて手持ちの本を委託販売できる「ひとはこ本屋さん」というスペースも。広い店内には多彩なジャンルの本がずらりと並び、思いがけない一冊に出会えそうなワクワク感がある。
「ひとはこ本屋さん」のコーナー。
「ひとはこ本屋さん」のコーナー。
多種多様な本のなかから、今回旅におすすめの本として選んでくれたのは瀬戸にゆかりのある本。『まちをあるく、瀬戸でつながる』は、「せと・しごと塾」の先輩でもあり、ゲストハウス〈Masukichi〉の運営に携わるライター・南未来さんが手がけた街の案内本だ。
 
「未来さんが実際に足を運んで、取材した内容を元に書き上げた濃厚なガイドエッセイです。ただお店を紹介するのではなく、そこにいる人々の思いや未来さん視点でのお店のおもしろさが盛り込まれています。老舗店から新しいお店まで、瀬戸の今が詰まっている一冊です。
『このお店の、この人に会いに行きたい』と思わせる、絶妙な構成で文章が綴られているのが魅力で、この本を読んだあとはきっと瀬戸の街を巡りたくなると思います。『本を見て来ました』とお店の人に伝えると、会話が生まれる通行手形のような存在になっているのもおもしろいところです」
〈本・ひとしずく〉の利用者は、瀬戸のおもしろさに魅了された県内外の観光客が中心だという。リピーターも大変多いのだとか。

「自分が本に力をもらったので、お店の名前には“忙しい毎日に、うるおいをひとしずく、持ち帰ってほしい”という思いを込めました。本でも雑貨でも、私とのおしゃべりでも、〈本・ひとしずく〉に訪れることで、毎日の生活に少しでもうるおいを届けられたらと思っています」
田中さんの夫が手掛けたというシンボルマークのイラスト。
田中さんの夫が手掛けたというシンボルマークのイラスト。
今後は本の魅力をさらに伝えたいと、書店にアクセスしづらい方に向けて移動販売も計画中。古本を見てもらいながら、ちょっとした会話を楽しめる場を作っていきたいと考える。“ひとしずく”を届ける田中さんの活動は、これからさらに広がっていくようだ。




Text:Ayumi Otaki
Photo:Misa Nakagaki




いつもと違う愛知県観光には、瀬戸市の〈本・ひとしずく〉がおすすめ。

本・ひとしずく


所在地愛知県瀬戸市陶生町24
アクセス名鉄「尾張瀬戸駅」から徒歩約13分
電話番号050-8881-5196
Instagram@hitoshizuku_books
X(旧Twitter)@sorani_aya
営業時間10:00〜16:30
休業日月曜、火曜、水曜

※記事中の商品・サービスに関する情報などは、記事掲載当時のものになります。詳しくは店舗・施設までお問い合わせください。