京都在住の私がすすめる「京のまち歩き」

源義経ゆかりの地

鞍馬寺:義経が天狗と修行をしたとされる僧正ガ谷にある「木の根道」

鞍馬寺:義経が天狗と修行をしたとされる僧正ガ谷にある「木の根道」

※掲載した内容は全て取材時点での情報であり、現在の内容と異なる場合があります。

現地スタッフ おすすめポイント
現地スタッフ

2022年大河ドラマで菅田将暉さんが演じて話題となっている「源義経」は多くの伝説を残した人物。京都に残る数々の逸話や、少年期を過ごしたゆかりの地などをご紹介します。

京都の混雑状況(2022年10月25日現在) ★★★☆☆ 例年並です。 ※現地取材スタッフの主観に基づく取材時の混雑状況です。

義経を育んだ清浄の御山

鞍馬寺:義経が天狗に兵法を習ったとされる僧正ガ谷にある「義経堂」

鞍馬寺:義経が天狗に兵法を習ったとされる僧正ガ谷にある「義経堂」

くらまでら

鞍馬寺

源義経(幼名・牛若丸)が7歳から16歳までを過ごしたとされる「鞍馬寺」には、今なおその足跡が残されています。鞍馬山の南斜面に位置し、標高400mを超える場所に建つ本殿金堂からさらに先へ進んだ奥の院参道には、義経が天狗に兵法を習ったとされる「僧正ガ谷」があります。厳しい参道の途中には、義経が湧水を飲んだ場所で今も水が湧き出る「息つぎの水」や、鞍馬山を出奔する前に背比べをしたとされる「背比べ石」など、若き日の義経を想起させる場所が数多く守り伝えられています。奥州で死を遂げた義経の御魂は、少年期を過ごした鞍馬山に戻り安らかに眠っているといわれ、「僧正ガ谷」にある「義経堂」に遮那王尊として祀られています。波乱の人生を過ごした義経を育てた自然の中で、静かにかの時代に思い馳せてみては。

鞍馬寺:本殿へ向かう参道の途中には、義経の守り本尊である地蔵尊が祀られている「川上地蔵堂」や、義経が仏道修行をしたとされる東光坊跡に「義経公供養塔」が建立されています

鞍馬寺:本殿へ向かう参道の途中には、義経の守り本尊である地蔵尊が祀られている「川上地蔵堂」や、義経が仏道修行をしたとされる東光坊跡に「義経公供養塔」が建立されています

鞍馬寺:義経が天狗と修行をしたとされる僧正ガ谷にある「木の根道」は、この辺り一帯の砂岩がマグマによって硬化したために根が地下に伸びることが出来なかったことでできたもの。与謝野鉄幹の歌にも詠まれています

鞍馬寺:義経が天狗と修行をしたとされる僧正ガ谷にある「木の根道」は、この辺り一帯の砂岩がマグマによって硬化したために根が地下に伸びることが出来なかったことでできたもの。与謝野鉄幹の歌にも詠まれています

基本情報
所在地

京都市左京区鞍馬本町1074地図

アクセス

叡山電車「鞍馬」駅より仁王門まで徒歩約3分 ※山門(仁王門)から多宝塔まではケーブル運行あり

電話番号

075-741-2003

URL

https://www.kuramadera.or.jp/

時間

月曜日~日曜日 9:00-16:15

休日

年中無休

料金

愛山費 300円、ケーブル寄付金(片道)大人200円、小学生以下100円


君臣が運命の邂逅を果たす大橋

五条大橋:五条大橋の西詰にある牛若丸・弁慶像

五条大橋:五条大橋の西詰にある牛若丸・弁慶像

ごじょうおおはし

五条大橋

比叡山延暦寺を追い出され諸国をめぐり、京に戻ってきた武蔵坊弁慶。千本の刀を集めるため戦いを挑み999本まで集め、残り1本になった時に五条大橋で義経と出会います。義経は橋の欄干を飛びまわり弁慶を翻弄し、降伏した弁慶が家来になったというのが「五条大橋の戦い」として語られる伝説です。この「五条大橋」の西詰には二人の立ち回りを再現した像がありますが、実は当時の五条大橋は今より少し北の松原橋にあったのだそう。現在の五条大橋は車が行き交う幹線道路になっていますが、欄干などのデザインはどこか平安時代を思わせるものになっています。数奇な運命に翻弄される主従の出会いに思いを巡らせながら、鴨川に架かる大橋を渡ってみては。

五条大橋:五条大路(現在の松原通)に架かっていた橋を、豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建立する際に架け替え「五条大橋」と称したそう

五条大橋:五条大路(現在の松原通)に架かっていた橋を、豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建立する際に架け替え「五条大橋」と称したそう

松原橋:現在の松原通が平安時代に五条大路と呼ばれた道で、当時は通りの両側に見事な松並木があったことから「五条松原橋」とも呼ばれていたと伝わります

松原橋:現在の松原通が平安時代に五条大路と呼ばれた道で、当時は通りの両側に見事な松並木があったことから「五条松原橋」とも呼ばれていたと伝わります

基本情報
所在地

京都市東山区宮川筋8丁目地図

アクセス

京阪「清水五条」駅より徒歩すぐ、市バス4・5・17・80・205号系統「河原町五条」より徒歩約2分

時間

散策自由

休日

年中無休


義経の旅立ちを見守った門出の社

首途八幡宮:参道に建立された「源義経奥州首途之地」碑

首途八幡宮:参道に建立された「源義経奥州首途之地」碑

かどではちまんぐう

首途八幡宮

源義経が鞍馬山を抜け出し奥州平泉へと向かう際に、旅路に同行した金売吉次の屋敷内にあった「内野八幡宮」で道中安全を祈願したといわれています。この故事から「首途八幡宮」と呼ばれるようになりました。首途とはすなわち、門出・旅立ちという意味。義経らが無事に奥州へ到着したことから、旅行の安全や旅立ちの守護神としての信仰を集めています。約850年前の承安4年(1174年)3月3日に義経が旅立ったと伝えられ、毎年旧暦3月2日の夜から3日にかけて義経首途祭が行われています。創建時期は不明ですが、御所の北東に位置することから王城鎮護の神とされていたそう。京都旅行の際は、義経にあやかって旅の安全を祈願してみては。

首途八幡宮:八幡宮が建てられた当時は小さな社が建てられていましたが、昭和40年ごろに西陣地域の人たちによって現在の社殿が奉納されました

首途八幡宮:八幡宮が建てられた当時は小さな社が建てられていましたが、昭和40年ごろに西陣地域の人たちによって現在の社殿が奉納されました

首途八幡宮:正面の鳥居から細長い参道を抜けていくと2つの鳥居があり、その奥にある小高い丘の上に本殿が建っています。本殿の建つこの丘が古墳ではないかという説もあるそう

首途八幡宮:正面の鳥居から細長い参道を抜けていくと2つの鳥居があり、その奥にある小高い丘の上に本殿が建っています。本殿の建つこの丘が古墳ではないかという説もあるそう

基本情報
所在地

京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町102-1地図

アクセス

市バス51・59・201・203号系統「今出川大宮」より徒歩約5分

電話番号

075-431-0977

URL

http://www.nishijin.net/kadodehachimangu/

時間

参拝自由

休日

年中無休

料金

境内無料


牛若丸と弁慶の決闘の地・清水の舞台。思いを馳せながら巡る史跡

清水寺:音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂は、1633年再建の木造建築(国宝)

提供元:清水寺

清水寺:音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂は、1633年再建の木造建築(国宝)

きよみずでら

清水寺

牛若丸と弁慶が出会った場所は、京都の五条大橋というのが通説になっていますが、牛若丸伝説の基となる『義経記(ぎけいき)』には、2人の出会いは二度あり、最初が五条天神、そして、二度目が清水寺となっています。五条天神前で引き分けになったことが悔しい弁慶が清水寺山門で待ち伏せし、清水の舞台で決闘を繰り広げます。そういった逸話に因んで境内には弁慶にまつわる史跡が残されています。一つ目が朝倉堂の横手にある石に彫り込まれた大きな足跡。実際は、釈尊の両足形を彫刻したもので、仏足を拝めば無限無量の罪けがれも消滅すると言われています。二つ目が「弁慶の鉄下駄と錫杖」。鉄の下駄は片方が約12kg。大錫杖は長さ約2.6m・重さ約96kgあります。持ち上げるとご利益があると言われることから参拝客が取り組む姿がよく見られます。

清水寺:朝倉堂そばにある約1m幅の巨石。本来は仏足石(ぶっそくせき)といって仏さまの足跡を表したものですが、いつのまにか「弁慶の足跡」と伝えられるようになりました

清水寺:朝倉堂そばにある約1m幅の巨石。本来は仏足石(ぶっそくせき)といって仏さまの足跡を表したものですが、いつのまにか「弁慶の足跡」と伝えられるようになりました

清水寺:鉄の下駄と錫杖は、音羽の滝の行者(ぎょうじゃ)が満願成就の御礼に収めたとも言われています

清水寺:鉄の下駄と錫杖は、音羽の滝の行者(ぎょうじゃ)が満願成就の御礼に収めたとも言われています

基本情報
所在地

京都市東山区清水1丁目294地図

アクセス

市バス80・86・202・206・207号系統ほか「五条坂」、「清水道」より各徒歩約15分

電話番号

075-551-1234

URL

https://www.kiyomizudera.or.jp/

時間

月曜日~日曜日 6:00-18:00 ※季節により変動あり

休日

年中無休

料金

拝観料 大人400円

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